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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)9705号 判決

判   決

原告

太田貞子

右訴訟代理人弁護士

松井久市

被告

土屋トキ

右訴訟代理人弁護士

大内為雄

古沢昭二

右訴訟代理人弁護士

田利治

被告

福田智

右訴訟代理人弁護士

馬越旺輔

大内為雄

中村源造

古沢昭二

須田恭平

右訴訟復代理人弁護士

田利治

被告

福田保全合資会社

右代表者清算人

降旗佐源治

右訴訟代理人弁護士

馬越旺輔

中村源造

須田恭平

右当事者間の昭和三一年(ワ)第九、七〇五号、同三二年(ワ)第二九九四号合資会社の社員権存在等確認併合請求事件につて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立。

原告訴訟代理人は、一、原告と被告福田保全合資会社(以下、単に被告会社と称す)との間において、原告が被告会社に対し出資額一二、五〇〇円の持分を有する有限責任社員であることを確認する。二、原告と被告土屋トキ及び被告会社との間において、被告土屋トキは、被告会社に対し出資額一、二五〇円の持分を有する無限責任社員(訴状訂正補充申立書によると有限責任社員とあるも誤記と認む)にあらずして、右は原告の持分であることを確認する。三、原告と被告福田智及び被告会社との間において、被告福田智の被告会社に対する出資額三八、七五〇円の持分のうち一一、二五〇円は被告福田智の持分にあらずして、右は原告の持分であることを確認する。四、被告会社は原告に対し、東京法務局日本橋出張所受付にかかる登記番号第一二、四七三号の登記事項中左記登記の更正、抹消及び回復の登記手続をせよ。

(一)  昭和一七年一一月二七日受付の登記事項中「一、金三八、七五〇円全部履行福田智」とあるを、「一、金二七、五〇〇円全部履行福田智」とする旨の更生登記手続。

(二)  昭和一七年一一月一七日受付の登記事項中(1)「一、金一、二五〇円福田時子全部履行」とある登記の抹消登記手続。(2)「一、金三七、五〇〇円福田光夫全部履行」とあるを「一、金二六、二五〇円福田光夫全部履行」とする旨の更正登記手続。

(三)  昭和一一年九月三〇日受付の登記事項中「一、金三七、五〇〇円福田光夫」とあるを「一、金二六、二五〇円福田光夫」とする旨の更生登記手続。

(四)  昭和九年七月五日受付の登記事項中「一、金九七、五〇〇円福田光夫」とあるを「一、金八六、二五〇円福田光夫」とする旨の更生登記手続。(2)「社員福田貞子はその持分全部を福田時子に譲渡して昭和九年七月五日退社しこれを譲受けたるものは同日入社す。東京市神田区錦町三丁目九番地一、金一、二五〇円有限福田時子」とある登記の抹消登記手続。

(五)  昭和六年一一月四日受付の登記事項中「社員福田貞子はその持分の内金一一、二五〇円を社員福田光夫に」とある登記を抹消し、「一、金三五、〇〇〇円福田光夫」とあるを「一、金二三、七五〇円福田光夫」と更正し、「一、金一、二五〇円福田貞子」とある登記を抹消する各登記手続。

(六)  大正一四年一二月四日受付の社員の氏名、住所、出資の種類価格及び責任に関する登記事項中、「同所同番地一、金一二、五〇〇円有限福田貞子」とある抹消登記の回復登記手続。

五、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決を求め、

被告ら三名の各訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

第二、当事者双方の主張。

一、原告訴訟代理人は、請求原因として、

(一)  原告(旧姓福田、後に太田姓となる)は、訴外福田仲次郎、同福田トミの三女であり、訴外福田義雄、同福田光夫はいずれも原告の兄、訴外福田静は原告の姉であるが訴外福田仲次郎、同福田トミの両名は、福田一家の所有不動産を永久に保全するため、大正一四年一二月一日、不動産の所有、管理、有価証券の売買、不動産の賃貸等を業とすることを目的とし、同人等及びその子女を社員とし、左記責任、出資の種類及び価格をもつて、福田保全合資会社(被告会社)なる会社を設立し、同月四日、東京法務局日本橋出張所受付登記番号第一二、四七三号をもつて設立登記を経た。

即ち、

福田仲次郎 有限責任社員

土地九筆この価格一二、五〇〇円

福田 トミ 無限責任社員 三七、五〇〇円

福田 義雄 有限責任社員 一二、五〇〇円

福田  静 右同  右同

福田 光夫 右同  右同

原   告 右同  右同

しかして、訴外義雄、同光夫及び原告の各金銭出資は、いずれも、被告会社の設立に際し、訴外仲次郎、同トミの両名がその子女に財産を分与する趣旨でこれが立替払込をしたものであつて、各自の出資分については、被告会社設立の趣旨に鑑み、各社員間において、これを勝手に他に処分しないことと定めた。

(二)  ところで、被告会社は左記社員の入社、退社、持分の変更等があつたものとして次の登記を経た。即ち、(1)訴外静が婚姻により昭和五年八月二六日毛利姓に改めるとともに、同日、その持分全部を訴外トミに譲渡して退社し、これを譲受けた訴外トミは、出資額を五〇、〇〇〇円と変更し、同年九月四日、その旨の登記を経由し、(2)(イ)昭和二年七月九日、訴外仲次郎が死亡し、訴外義雄が家督相続により訴外仲次郎の持分全部を承継して、同日、その出資の種類及び価格を土地九筆この価格一二、五〇〇円及び一二、五〇〇円と変更し、(ロ)昭和六年一〇月二一日、訴外トミがその持分のうち、一一、二五〇円を訴外光夫に、三七、五〇〇円を訴外奥山清武に各譲渡し、訴外奥山清武は、同日出資額三七、五〇〇円の有限責任社員として入社し、(ハ)同日、原告がその持分のうち一一、二五〇円を訴外光夫に譲渡して、原告の出資額を一、二五〇円と変更し、訴外光夫の出資額を三五、〇〇〇円と変更し、同年一一月四日、右(イ)(ロ)(ハ)の登記を経由し、(3)昭和六年一一月五日、訴外義雄、同奥山清武が退社し、同日、訴外光夫が無限責任社員に、訴外トミが有限責任社員にそれぞれ責任を変更し、同月七日、その旨の登記を経由し、(4)(イ)訴外光夫が昭和九年七月五日、六二、五〇〇円を追加出資してその出資額を九七、五〇〇円と変更し、(ロ)同日、原告が一、二五〇円の持分全部を被告土屋トキ(当時福田姓)に譲渡して退社し、これを譲受けた同被告が出資額一、二五〇円の有限責任社員として入社し、同日、右(イ)(ロ)の登記を経由し、(5)昭和一一年九月二八日、訴外光夫が六〇、〇〇〇円の払戻しを受けて、その出資額を三七、五〇〇円と変更し、同月三〇日、その旨の登記を経由し、(6)昭和一六年四月二五日、被告福田智が訴外トミから同訴外人の一、二五〇円の持分全部を譲受けて入社し、同日、訴外トミが退社し、同月三〇日、その旨の登記を経由し、昭和一三年法律第七三号商法中改正法律施行法により、出資の目的、価格、履行をした部分を、被告土屋トキにつき一、二五〇円全部履行と、訴外光夫につき、三七、五〇〇円全部履行と変更し、昭和一七年一〇月二九日、訴外光夫の責任を有限責任に、被告土屋トキの責任を無限責任と変更し、同日、訴外降旗佐源治、同奥山清武及び同南雲善作がそれぞれ二、〇〇〇円、一、五〇〇〇円、一、五〇〇円の出資額をもつて有限責任社員として入社し、同年一一月一七日、その旨の登記を経由し、(8)昭和一七年一一月一日、訴外光夫の死亡によりその家督相続人である被告福田智が訴外光夫の三七、五〇〇円の持分全部を承継し、同日、被告福田智の出資額を三八、七五〇円と変更し、同月二七日、その旨の登記を経由し、(9)昭和一八年一一月一七日、訴外南雲善作がその持分のうち一、〇〇〇円を訴外降旗佐源治に、五〇〇円を訴外奥山清武に各譲渡して退社し、これを譲受けた訴外降旗佐源治の出資額を三、〇〇〇円、訴外奥山清武の出資額を二、〇〇〇円と変更し、同月三〇日、その旨の登記を経由した。

(三)  右登記事項中(1)の訴外静の訴外トミに対する持分の譲渡、(2)の(イ)の訴外仲次郎が死亡し、訴外義雄が家督相続により仲次郎の持分を承継したこと、(3)の訴外義雄の退社、(8)の訴外光夫の死亡により被告福田智が家督相続したことはいずれも事実に符合し、実体上も持分の変動があつたが、原告は(2)の(ハ)記載の昭和六年一〇月二一日、一二、五〇〇円の持分のうち一一、二五〇円を訴外光夫に、(4)の(ロ)記載の昭和九年七月五月、一、二五〇円の持分全部を訴外光夫の妻である被土屋トキに各譲渡して、同日被告会社を退社した事実はなく、右登記は、被告会社の運営上の便宜から訴外トミが原告に無断でしたもので、原告は、依然として、被告会社に対し一二、五〇〇円の持分を有する有限責任社員であり、被告土屋トキは、被告会社に対し何ら持分を有せず、登記簿上では被告土屋トキは一、二五〇円の持分があるように登載されているが、右持分は原告の持分であり、又被告福田智の被告会社に対する三八、七五〇円の持分のうち一一、二五〇円は原告の持分であるのに、被告らはこれを否認するので、被告らとの間において、請求の趣旨一ないし三記載の確認を求めるとともに、被告会社に対し前記(二)の(8)の登記事項中、被告福田智の出資額三八、七五〇全部履行とあるを二七、五〇〇円全部履行と更正し、(7)の登記事項中、被告土屋トキの出資額一、二五〇円全部履行とあるを抹消し、訴外光夫の出資額三七、五〇〇円全部履行とあるを二六、二五〇円全部履行と更正し、(5)の登記事項中、訴外光夫の出資額三七、五〇〇円とあるを二六、二五〇円と更正し、(4)の登記事項中、訴外光夫の出資額九七、五〇〇円とあるを八六、二五〇円と更正し、原告はその持分全部を被告土屋トキに譲渡して退社し、被告トキが入社し、その出資額一、二五〇円とあるを抹消し、(2)の登記事項中、原告がその持分のうち一一、二五〇円を訴外光夫に譲渡しとあるを抹消し、同訴外人の出資額三五、〇〇〇円とあるを二三、七五〇円と更正し、原告の出資額一、二五〇円とあるを抹消し、被告会社の設立登記事項中、原告の出資額一二、五〇〇円とあるを抹消登記の回復登記手続を求めるため、本訴請求に及ぶ、と述べた。

二、被告土屋トキ訴訟代理人は、答弁として、原告主張の(一)の事実中訴外義雄、同静及び原告の出資につき、訴外仲次郎、同トミが財産を分与する趣旨においてその立替払込をした事実及び各社員間において各自の持分を勝手に他に処分しないことを定めたとの事実は不知、その余の事実はこれを認める。(二)(三)の事実に対し、原告主張の社員死亡による持分の承継、各社員の持分の譲渡、これに伴う社員の退社入社等の登記のある事実は認めるが、その登記事項中原告の持分が訴外トミによつて無断譲渡されたとの事実は否認する。右の登記事項はいずれも真実適法になされたもので、被告土屋トキは被告会社に対し一、二五〇円の持分を有するものである、と述べ、

被告福田智訴訟代理人は、答弁として、原告主張の(一)の事実に対し、被告土屋トキと同様の認否をし、(二)(三)の事実に対し、(二)の(5)の訴外光夫が六〇、〇〇〇円の出資の払戻しを受けた事実は不知、その余の社員の死亡による持分の承継、各社員の持分の譲渡、これに伴う社員の退社入社等の登記のある事実は認めるが、右の登記事項中原告の持分が訴外トミによつて無断譲渡されたとの事実は否認する。右の登記事項はいずれも真実適法になされたもので、被告福田智は被告会社に対し三八、七五〇円の持分を有するものである、と述べ、

被告会社訴訟代理人は、答弁として、原告主張の(一)の事実に対し、被告土屋トキと同様の認否をし、(二)(三)の事実に対し、原告主張の社員の死亡による持分の承継、各社員の持分の譲渡、これに伴う社員の退社入社等の登記のある事実は認めるが、その登記事項中原告の持分が訴外トミによつて無断譲渡されたとの事実は否認する。右の登記事項はいずれも事実に吻合するのである、と述べ、

被告ら三名訴訟代理人は、抗弁として、仮に、原告の訴外光夫に対する一一、二五〇円の持分譲渡及び被告土屋トキに対する一、二五〇円の持分譲渡に何らかの瑕疵があるとするも、訴外光夫は、昭和六年一〇月二一日、原告から右持分の譲渡を受けたものとしてその変更登記を経た同年一一月四日以降、自己のためにする意思をもつて、平穏、公然かつ善意、無過失にて右持分権を行使してきたので、一〇年を経過した昭和一六年一一月四日時効により右持分権を取得し、昭和一七年一一月一日、同訴外人の死亡により、被告福田智は家督相続人として右持分権を承継取得した。仮に、右時効による持分権の取得が理由がないとしても、被告福田智は訴外光夫の右持分権に対する準占有と右承継取得による自己の持分権の準占有により、昭和六年一一月四日以降二〇年間自己のためにする意思をもつて平穏かつ公然に右持分権を行使したので、昭和二六年一一月四日、時効により右持分権を取得した。

被告土屋トキも右同様、原告から昭和九年七月五日、一、二五〇の持分の譲渡を受けたものとしてその変更登記を経由した時以降、自己のためにする意思をもつて、平穏、公然かつ善意、無過失にて右持分権を行使してきたので、一〇年を経過した昭和一九年七月五日右持分権を時効により取得した。仮に、右時効による持分権の取得が理由がないとしても、被告土屋トキは昭和九年七月五日以降二〇年間、自己のためにする意思をもつて平穏かつ公然に右持分権を行使してきたので、昭和二九年七月五日、時効により右持分権を取得した。

仮に、原告の被告らに対する持分の確認請求が認められるとするも、原告は被告福田智に対する一一、二五〇円の持分権につき、昭和六年一一月四日以降その権利を行使し得たにも拘らず、これを行使することなく二〇年間を経過し、被告土屋トキに対する一、二五〇円の持分権につき、昭和九年七月五日以降その権利を行使し得たにも拘らず、これを行使することなく二〇年間を経過したから、前者の持分権については昭和二六年一一月四日、後者の持分権については昭和二九年七月五日消滅時効が完成し、原告は右各持分権を喪失したから、本訴請求は失当である、と述べ、

三、原告訴訟代理人は、右時効の抗弁に対し、原告の訴外光夫及び被告土屋トキに対する持分の譲渡はいずれも被告会社の運営上の便宜から単に同人らの名義を借りたものにすぎないから、訴外光夫、被告福田智、同土屋トキが自己のためにする意思をもつて右持分権を占有するということはありえないし、又、合資会社の如く人的会社の社員権は人格権を帯有するもので単純なる財産権ではないから、社員権が時効によつて取得ないしは消滅することはなく、被告の抗弁はいずれも理由がない、と述べた。

第三、立証。≪省略≫

理由

原告が福田仲次郎、同トミの三女であり、福田義雄、同光夫が原告の兄、福田静が原告の姉であること、右仲次郎、トミの両名は福田家の所有不動産を永久に保全するため、大正一四年一二月一日、不動産の所有管理等を業とする目的をもつて、同人らおよびその子女を社員とし、原告主張のような責任、出資の種類及び価格をもつて被告会社を設立し、その登記を経たこと、昭和二年七月九日、仲次郎が死亡し、義雄が家督相続により仲次郎の持分全部を承継し、その旨の登記を経たこと、静が昭和五年八月二六日一二、五〇〇円の持分全部をトミに譲渡して退社し、これを譲受けたトミは出資額を五〇、〇〇〇円と変更し、その旨の登記を経たこと、昭和六年一一月五日義雄が退社し、その旨の登記を経たこと、昭和一七年一一月一日光夫の死亡により被告福田智が家督相続したこと、同日、被告福田智が光夫の三七、五〇〇円の持分全部を右相続により承継したものとしてその登記を経たこと、昭和六年一〇月一一日、原告が一一、五〇〇円の持分のうち一一、二五〇円を光夫に譲渡し、これを譲受けた光夫は出資額を三五、〇〇〇円と変更したものとしてその登記を経たこと、昭和九年七月五日、原告が一、二五〇円の持分全部を光夫の妻である被告土屋トキ(当時福田姓)に譲渡して退社し、これを譲受けた同被告が出資額一、二五〇円の有限責任社員として入社したものとしてその登記を経たこと、並びに光夫の持分払戻しの点を除いたその余の原告主張の社員の持分の譲渡、追加出資、社員の入社、退社、責任の変更があつたものとしてその登記がされたことは、原告と被告ら三名との間に争いがない。

原告は、その持分の譲渡は母トミが原告に無断でしたものであると主張し、証人(省略)および原告本人(第一回)はともにその主張に沿う供述をしているが、他方、原告本人の第一、二回の供述(原告の主張に沿う供述を除く。)に証人(省略)の各証言並びに弁護の全趣旨を綜合すると、仲次郎及びトミは相当の家作を所有していたが、長男義雄は浪費癖があり、福田家の将来に不安があつたことからその財産を保全するため福田仲次郎夫婦を中心とし、その子女を社員として被告会社を設立するに至つたこと、したがつて、各社員の出資はすべて福田仲次郎夫婦において代わつてこれを履行したものであること、原告の姉静は他家に嫁するに際してはその持分全部をトミに譲渡し(右持分譲渡の事実は、当事者間に争いがない)、右持分譲渡にかえてトミから金員の贈与を受けたこと、原告の兄義雄は被告会社を退社するについても(右退社の事実は、当事者間に争いがない)、トミから財産の贈与を受けたこと、原告は昭和三年頃太田弥次郎と婚姻し、爾来神戸、横浜、京城に居住していたが、婚姻当時トミから東京都千代田区神保町所在の貸家を貰い受け、右貸家の賃料は月々トミを通じて原告のもとに送金されていたことが認められ、なお、成立を認むべき甲第一号証の二によれば、光夫および原告は、被告会社の設立当時いずれも未成年者であつたことが認められる。

思うに、家の制度が存在していた昭和二一年の民法改正前においては、一家の財産を保全するため世帯主(多くは戸主)がその所有財産を出資して合資会社を設立する事例が稀ではなく、この場合には、多く世帯主が無限責任社員となつて会社財産の維持管理に当り、その子女等の家族は有限責任社員となつて会社に関与するのを通例としたものである。ところで、このように一家の財産を保全するため世帯主のみが財産を出捐して会社を設立するということは、その意図するところは家としての財産(いわば家産)の散逸を防ぎその維持増殖をはかるにあるから、会社財産はいわばその家に附着しこれと分離すべからざる運命におかれるものと認めるのを相当とする。換言すれば、会社における社員の持分は通常その実質においては家長たる世帯主一人の手裡に帰属し、その他の社員はたんに名義上の持分を有するに止まるものと認められるのである。もとより、かかる会社設立の型態をとる場合でも、その動機にはいろいろあり、世帯主がその子女に財産を分与し、ただ、子女がその財産を恣意に処分しない趣旨においてこれに持分を与える場合のあることも考えられないではない。この場合には、会社の目的が一家の財産を保全するという趣旨をやや離れ、同族の財産を保全する趣旨にまでその範囲が拡張されることとなるわけであるが、しかし、なお、かかる会社も広い意味における一家の財産を保全するための会社というに妨げないであろう。そして、この場合には子女は名実ともに会社の持分を取得するが、なお、その処分権は同族の財産維持の目的から制限を受けることとなるわけである。

右のような会社において、財産の事実上の出捐者たる世帯主が他の社員の持分を任意に処分しうるかは、場合により区別して考えなければならない。他の社員がたんに名義上持分を有するに止まる場合は当然にこれを肯定すべきである。これに反し、他の社員が名実ともにその持分を取得したものである場合はこれを否定すべきことも当然である。しかし、ここに考えなければならないことは、後者の場合は一家の財産保全のための会社型態としてはむしろ異例に属するということである。のみならず、世帯主の子女が会社の持分を取得するのは、通常世帯主の家族であるためであつて、その子女がその家族たる地位を離脱してもなお社員たる地位を保留するということは、一家の財産保全という会社設立の趣旨に鑑み、むしろ例外と認むべきである。それ故に、世帯主の子女が名実ともに会社の持分を取得する場合であつても、その取得はその子女が世帯主の家族たる地位にある限りにおいてであると認むべく、したがつて、子女が世帯主の家族たる地位を離れる際には、世帯主はその持分を任意に処分しうるものと解するを相当とすべきである。もとより、かかる場合、世帯主は多くその子女に対し持分喪失に対する対価的な財産を分与するを常とするとも思われるが、かかる分与はたんに事実上の世帯主の意図によるものであつて、子女との合意による持分取得の対価としてなされるものではない。

以上の見地に立つて本件をみるに、さきにみたとおり、被告会社が設立されたのは戸主福田仲次郎一家の財産保全のためであり、原告を含むその子女がその社員となつて持分を取得したのも、一に仲次郎夫婦の出捐によるものであつて、子女自らの出捐によるものではない。特に原告および光夫は当時未成年者であつて、その持分の取得には事実において何ら関与をしていないものである。そして、被告会社に財産を出捐し無限責任社員として同会社の運営を主宰していた福田トミおよび夫仲次郎(同人の死亡後はトミ)は、その子女の婚姻等に際しそれぞれ相応の金員その他の財産を分与するとともにその持分を任意処分している。のみならず、当事者間に争のない被告会社の社員の持分変更の関係から明らかなように、被告会社の社員の持分は福田家の戸主またはその家族を中心として動いているのであつて、証人奥山清武の証言によれば、同人はたんに福田家の家作を差配していたところから福田トミに乞われるままに同人の相談相手として入社したものにすぎないことが認められる。もつとも成立を認むべき甲第一号証の二および三によれば、福田仲次郎の死亡により福田義雄がその家督相続をして戸主となり、福田光夫は同家より分家して別に一家を創立し、被告土田トキと婚姻して一子被告福田智を儲け、同被告は光夫の死亡によりその家督相続をして戸主となつた事実が明らかであつて、この事実とさきにみた社員または持分変更の関係とからみると、社員の地位または持分は福田仲次郎家より分家した福田光夫家へと動いているけれども、前に説明したように、被告会社が設立されたのは本来仲次郎の家督相続人福田義雄の財産蕩尽を防止するためであつて、さればこそ義雄は家督相続後逸早くその持分を母トミに譲渡して被告会社を退社しているのであるから、福田仲次郎家の財産保全という被告会社の目的は同人の死亡後はおのずから分家した次男福田光夫家の財産保全という目的におきかえられたものといつて差し支えなく、その意味において右の社員または持分の変更も福田家の戸主またはその家族を中心としてなされていると認むべきものである。このように、一家の財産保全のため世帯主夫婦のみが財産を出捐し、その子女を社員として設立された会社において、その子女の持分がその婚姻等に際し世帯主夫婦の意思により他の家族等に随時変動している場合には、他に特段の事情、たとえば世帯主夫婦がその子女に対し財産を分与する(したがつてそれに応ずる持分を与える)趣旨の明確な事跡等のないかぎり、子女名義の持分はたんに名義のみに止まり、その実質は世帯主夫婦の権利に属するが、少くとも世帯主夫婦はその持分を任意に処分しうる関係にあるものと認めるのが妥当であり、したがつて、本件においても、トミはその意思により原告の持分を任意に処分しえたものと解するのが至当である。原告の姉静および兄義雄がそれぞれ母トミから相応の財産の分与を受けて退社するに際し、同人らにおいてその退社につき何ら異議を挿んだ証跡のないことは、右の事実を裏づけるものであり、原告がその不知の間に母トミによりその持分を処分されながら、本訴提起まで二十数年の間これに対し何らの異議をも申出た事跡のないことも、同様に右の事実を首肯せしめるに足る根拠となるものといわなければならない。現に証人奥山清武は原告が母トミから前記貸家の贈与を受けたのは、原告の持分をトミに譲渡した代償としてであると聞いている旨供述しているのであつて、その証言内容は伝聞にかかるものとはいえ、その趣旨において十分にこれを首肯せしめるものというべく、原告が当時あるいは少くともその後二十数年の間にその間の事情を了知しなかつたということも納得しがたいところである。以上の認定に反する前示証人(省略)および原告本人の供述は当裁判所の採用しないところであり、他に右の認定を覆して原告の主張事実を認むべき適確な資料はない。

以上により、原告の本訴請求はいずれも理由がないから失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第八部

裁判長裁判官 長谷部 茂 吉

裁判官 白 川 芳 澄

裁判官玉置久弥は、転任につき署名捺印することができない。

裁判長裁判官 長谷部 茂 吉

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